予備校物語 15

つい先日、目下の山場であった全国模試が終わった。
その結果待ちの間、どこか落ち着かない日々が続いていたものの、それも今日でようやく一段落が着く。
名を呼ばれ、受け取った模試の成績表。
其処には見事に『1位』の文字が並んで見えていたのだから。

「しっかし、サスケはやっぱ凄いよな!やるって言った事はキッチリやり遂げるんだから!」
「本当に・・・御見それするよ。」
「羨ましいぐらいだな。」

同じクラスの香燐等がそう囃し立てる中、俺はまんざらでも無くフッと口端を上げる。
とりあえず、父が言っていた『全科目にて一位を取る』という目標はクリア。
この成績表ならば、恐らくは満足するに違いないだろう。
親の評価を気にしているつもりはサラサラ無いが、やはり『うちは一族』が受け継いできた偉業を己も成し得たかったから!
テストの少し前、母や兄等によって気持ちを乱されたものの、こうして無事に良い結果が出せた事にホッとする。
一時など勉強をする気にもなれず、『どうしたものか!?』と大きく気を揉んだものだった。
だが結果オーライ。
まぁ、母も兄も決して悪気があってした事ではないのだ。
ここのところ自宅内にてピリピリと張り詰めた空気を発していた自分だったが、もうそんな怒りも水に流してやるとしよう。

「あーっ、久々に遊びに行きてー!」
「一人で勝手に行けばいいだろう!」
「この際だから、香燐。お前で良いから一緒にどっかに・・・。」
「誰が行くか!ボケ!」
「じゃあ、重吾は?」
「・・・俺は、今日はちょっと用がある。」
「なら、サスケ!お前は?」

早速息抜きの算段に取り掛かった水月を、俺はやや呆れたような眼差しで見やった。
まぁ確かに、山場たるテストも無事に終わり息抜きもしたい所ではある。
とはいえ、コイツと共に何処かをぶらつく気にもなれず・・・。

「俺も、パスだ。」
「・・・ちぇ、釣れない奴等だね。」

がっくりと首を折る水月を横目に、誰もが場を取り繕うような言葉をかけるわけでもなく。
普段通りのサバサバトした空気が、4人の間を流れていったのだった。

 

 

その放課後の事。
気分的にやや開放感に包まれていた胸の内。
ちょうど運よく、今日は塾も無い。
とはいえ、何処かへ行こうという目的も無く、ならば・・・と向かった先はやはり行き慣れた図書館。
水月の言うように息抜きをしようかとも思ったのだが、対してする事も思い浮かばず。
結局、いつもの如く問題集を広げて一日のノルマを達成しようとしだした俺。
カチカチとシャープペンシルの芯を出しながら、ふと辺りへと目を向けて・・・だった。
・・・春野、か?
この場所で良く見かける(というか、向こうから話しかけてくる)彼女の姿に良く似た女子が、斜め前、約5メートル程先に見えた。
そういえば、此処の所あまり姿を見かけなかったな。
そう思い、思わずジッとその姿に目を留めて。
・・・この間・・・。
ヤケに、彼女は神妙な顔をしていた気がする。
その事がずっと気にかかりつつも、それを面と向かって問いかける事も出来ず。
あの日以後、会う事の無かった自分と彼女。
・・・たまには、こちらから声でもかけてやるべきか?
ふとそんな風に思ったりもしたのだけれど・・・!?
直後、パッと顔を上げて此方を見やってきたその女子に、俺は思わずパッと顔を俯かせ、見ていないフリをした!
・・・全然、どう見ても別人じゃないか!
同じなのは髪の色と体型のみ。
その顔つきは、春野とは似ても似つかぬ別人であった。
驚きでやや上がった心拍数を宥めつつ、俺は手元の問題集へと目を戻して・・・。

「一瞬サクラちゃんかと思ったんだろう?」
「ッ!?」

いつの間に忍び寄って着ていたのか!?
自分の右脇、机の下辺りからそんな声が突然した!
ギョッとして見やれば、其処には金色の目障りな男子が一人。
いきなり声をかけてきやがったソイツに、俺は大きく両目を剥く。

「何の事だ?」
「だから!ホラ、あそこに座ってるあの娘!サクラちゃんとよく似た髪の色してるだろ?」
「だから何なんだ?」
「ったく、とぼけんなよな!目と目が合いそうになって、慌てて顔を伏せてた癖に・・・!」

何処から自分の事を見ていたのかは知らないが、コイツ・・・ウズマキナルトについ先程の己の行為をすっかり見られていたらしい。
その事に内心で大きく苛立ちつつ、俺は表面上は穏やかに反撃に出る。

「何とでも勝手に言えば良いだろう?それより、その格好は何なんだ?」
「あ?」
「まるで何処かで誰かと喧嘩しました候だな。」

目にしているウズマキナルトの姿は、正に負傷者宜しくと言わんばかり。
身体の至る所にシップやら包帯やらが貼られ巻かれていて、特に右顔がやや腫れてむくんでいるようである。

「ン・・・あぁ、この怪我か?」
「よくもまぁその格好で図書館なんぞにノコノコやって来られるな。」
「へへん!残念ながら、この怪我は名誉の負傷だかんな!」

俺の批判めいた言葉に動じる事もなく、こいつはそう言いニカーッと微笑んだ。
何が名誉の負傷なんだか!?
見た目にはかなりのやられ具合だというのにだ!
俺は胸の内で『コイツは馬鹿も大馬鹿だな!』と嘲り笑う。
一体何があったかは知らないが・・・。

「見たところ、大した怪我ではなさそうだが・・・。」
「ん?」
「お前、その格好で春の大会に出れるのかよ?」

自分とは違い、目の前のコイツは身体が資本だ。
かつ学生スポーツ界というのは、汚れた情報を酷く忌み嫌う。
それなのに!?

「陸上部のエースとして、お前も春の高校総体に出場予定なんだろう?」
「勿論!」
「なのに、そんな格好になって・・・。下手をしたら出場停止を喰らうぞ?」

3年最後の大会。
そこで上手い具合に勝ち進み、プロのスカウトマンの目に留まる事!
それこそが、今のコイツにとって目下重要な目標課題の筈・・・だ。

「出場停止か・・・。確かに、それはちょっとキツイってばよ!」
「・・・。」
「でも、大丈夫!ちゃんと責任を感じさせないように、俺ってばその日までには全快するかんな!」

あっけらからんとそんな事をのたまったコイツに、俺は白けた視線を投げてやった。
まぁ、高校総体の詳しい日程など知る由もなく、よってその怪我がキチンと完治するかどうか実際の所は分からない。
だが、その根拠の無い自信たっぷりな口調には呆れるばかり!
それに責任を感じさせないようにとは、一体何のことやら?
俺はわざと大きく息を吐き、内心で『このウスラトンカチめが・・・!』と呟いた。
大体、この時期にこんな怪我を負うような事をする方がどうかしている。

「ところで・・・お前、サクラちゃん見てないか?」
「あ?」
「この辺で勉強してると思ったのに、見当たらないんだってばよ!」
「・・・そのうちに来るんじゃないのか?」
「うーむ。」

俺の胸の内など知る由もないソイツは、突然にそんな事を尋ねてきやがった。
全く、ガキみたいに怪我を負っておきながら妙に色気付きやがって!
結局はいつもの如く、アイツ・・・春野サクラ待ちらしいこの男。
付き合いきれん!とばかりに、俺は手元の問題集へと目を戻して・・・。

「あーっ!!そうだ!そういえば!お前に一つ聞いておきたいことがあったんだってばよ!」
「・・・。」

そこで何故かスクッと立ち上がり、勢い良く自分に向かい迫ってきたソイツに、俺は思わず手の中のシャープペンをギリッと強く握り締めた。
その声のボリュームと言ったらない!
サッカーで言うならば、即レッドカード!!
当然の如く集まってきた周りからの非難の視線に、俺はがっくりと大きく項垂れて。

「なぁ、お前ってばさ・・・。」
「っ・・・ちょっと黙れ!」
「え?」
「話なら、外で聞いてやる!だから、今は黙れ!」
「でも、お前・・・勉強するんじゃ?」
「する気も失せた!いいから、とにかく今は黙ってろ!」

こうして俺はソイツを一旦黙らせ、辺りからの煙たい目線に耐えつつ己の荷物を鞄へと仕舞った。
今日はもう、止めだ!
コイツが居ては、此処で勉強する処ではない。
さっさと会話を終わらせて、家へと帰るとしよう。
そう思い、全てを片付け俺は席を立った。
そしてスタスタと図書館出入り口に向かい歩き出す。
その後ろから、やや距離を置いて付いて来るウズマキナルトを感じつつ・・・。

「で・・・何だ?」
「んー、あのな?」

聞いてやると言った以上、仕方が無くも問いかけてやった俺にソイツは妙に間延びした声で返してきた。
その声音に苛々感を強めつつも、一先ず黙りその先を待つ。
ちょうど図書館を出て直ぐの階段、その踊り場にある一面の大きなガラス窓に差し掛かっていた。
垣間見えた外の景色はセピア色。
夕暮れ時、もう間もなく薄闇に染まりだすのだろう。

「その、お前の兄貴について・・・さ・・・。」
「!?兄貴について?」

聞こえたその言葉に、俺は驚き思わず後ろを振り返り見た。
すると、其処には先程の自分と同じく、踊り場の大きな窓から外界を見下ろしているアイツが居て・・・。

「おい?兄貴が何だって!?」
「・・・。」
「おい!?」

人に尋ねておきながら、何故か途中でいきなり意識を他へと向けているソイツ!
てめぇ、いい加減にしろよ!?
何でお前が兄貴について尋ねてきたりするんだ!?
腹の中でグルグルと苛立ちの渦を巻きつつ、俺はソイツを強く睨み見た。
直後!

「あ・・・あああああ!?」
「!?」
「アイツッ、何で・・・!?」

いきなり窓ガラスにへばりつき、ソイツは大きな叫び声を挙げたのだ!
俺はギョッとして、思わず階段を下りる足を止める。

「サ、サクラちゃん・・・何してるんだってばよ!?」
「・・・。」
「なんで、そんな奴と・・・!?」

そんなウズマキナルトの大きく動揺した声に、俺は『一体何なんだ!?』と思いきり顔をしかめる。
そっちから物を尋ねておきながら、この男は!?
春野が何だって?
アイツがどうかしたのかよ!?
苛立ちつつも、思わず窓辺に近寄ってみた俺。
そしてソイツの視線の先へと、何気に目を向けて・・・。

「っ!?」
「サクラちゃん~!!何でソイツと二人きり!?」

脇で尚も五月蝿く吼える声がしていたようだった。
けれど、俺の耳には上手く聞こえず。
ただただ息を呑む。
身体の感覚という感覚が飛んでいくようだった。

・・・何で・・・アイツが兄貴と一緒に!?

視界の先、其処には漆黒の髪をした男と桃色の髪をした女の姿。
二人が並び、街の中を楽しげに歩み行く姿が映って見えていたのだから。