予備校物語 16

『ただいま』という声がして、玄関の方でカタコトと音が聞こえた。
それに俺は机に向かっていた体を起こし、グッと顔をしかめる。
どうやら帰ってきたらしい、自分の待ち人たるその存在。
自分よりも3つ年上のソイツは医大の3年生。
ここ最近は実験とレポートとで忙しいらしく、家でも余り顔を合わす事がなかったのだが・・・?

思い出すのは丁度全国模試の前日、その夜に廊下で偶然鉢合わせた兄であるイタチ。
あの時は、思ったように勉強がはかどらず俺は苛々していた。
果たしてこの兄が付き合う事にした女性とは、如何な人物か?
数日前に聞かされた余計な痴話がふとした瞬間に浮かび上がり、そして気分を散漫にさせていたから。

『サスケ?何だか気分が優れないようだが・・・どうかしたのか?』
『っ・・・別に。』
『そういえば、もう直ぐ全国模試がある頃か?』
『・・・。』
『余り気負わずにおけよ?お前ならば、きっと出来るから。』

突然そんな事を言い、ポンッと手に持っていた小冊子でもって頭を小突いてきたソイツに、俺は『止めろよ!』と叫び顔を捻った。
励まし候の言葉など、子供でもあるまいし要るか!
そう思い、俺は兄をちょっと鋭く見上げた。
言われずとも、絶対に遣り成してみせる!
父が言っていた模試試験にて全国一位という成績を成し得る事。
うちは家の偉業を達成するのだ!!
そしていつか、この兄にも優る存在になりたい・・・と。

・・・そう思っているのならば、『こんな事』で気持ち引っかかっている場合じゃないのだろうが!?

「・・・サスケ?」
「・・・。」
「どうかしたのか?」

あの時と同じく、階段を降り1Fへとやってきた俺の前。
兄であるイタチは静かな眼差しで俺を見つめ、そう尋ねてきた。
俺は交差する己の意識の中、ジッと兄を見つめ返す。
見た感じ、その顔つきも格好も普段と何ら変わりはなさそうだが?

「今日はいつもより早い帰りだな。」
「あぁ、今日は実験も無かったからな。久しぶりに街をぶらぶらとして、ついでに夕飯を食べて帰ってきたところだ。」
「ふーん。」

見つめた先、兄の片手に下がっている小さな紙袋にふと目が留まった。
ちょっと洒落た感じのソレは、一体何なのか?
俺は兄をスッと見上げ、その顔を凝視した。
どんな些細な変化も見逃すものかと、その表情から真実を見抜く為に!

「ちょうど6時頃、中央図書館の辺りで見たぜ?」
「ん?」
「誰かと一緒じゃなかったか?」
「・・・。」

何の前触れもなく、夕方に見た光景の事を問い尋ねてやればだった。
珍しく驚き顔でもって、兄は自分の方を見つめてきて。

「見てたのか?」
「あぁ。偶然な。」
「参ったな。」

ちょっとはにかんだ様な笑みまで浮かんだその顔に、俺は思わず両目を瞠る。
何処と無くだが嬉しそうでもあるその目元。
これは、もしかして・・・いやもしかしなくても!?

「アイツ・・・春野と、何で?」

どうして兄があの春野サクラと一緒に街中を楽しそうに歩いてたりしたのか!?
知りたいと思う気持ちで胸の中は正直一杯。
人が誰とどう付き合っているのかなんて、今まで然程気にもかけて来なかったのに!?
今回は何故だか妙に気になって仕方が無い。
ちょうどほんの数週間前に母から聞いた兄の一件の所為もあるのだろう。
兄貴が誰かと付き合っている。
つまり、そう、もしかしてその相手とは・・・!?

「彼女とは、まぁ・・・その、ちょっとな。」
「何だよ、その『ちょっと』って。」
「うん。本当に偶然出逢ったんだ。」
「何処でだ?」

すかさず突っ込み尋ねれば、兄は一旦口を閉ざした。
そうして小首を傾げて。

「ヤケに突っ込んで聞いてくるんだな?」
「・・・。」
「もしかして、サスケ?お前、サクラさんの事・・・?」
「違う!」

俺は思わずおもいっきり否定をした。
ったく、兄は一体何を言おうとするのか!?
ただ、その・・・どういう経緯でアイツ『春野』とそういう間柄になったのかが、それが疑問なだけで・・・!!

「見かけたから、気になっただけだ!」
「・・・そうなのか?」
「あぁ!」
「本当に?」
「っしつこい!」

思わず叫びそう言えば、兄はさして気にした風でもなく何故か微笑み俺を見つめていた。
その笑みに何とはなしに含みを感じ、グッと顔がしかまる。

「彼女は・・・優しくて、でも芯もしっかりしていて、その上スタイルも顔も良い。」
「・・・。」
「良い娘だよな?」

春野の事をポツリと呟くようにして言った兄。
それは惚気なのかなんなのか!?
俺はやや愕然となり、その場に立ち尽くしたのだった。

 

 
あの後、唖然とする俺を他所に兄貴は自分の部屋へと戻っていった。
しばらく廊下に立ち尽くしていた自分もまた、直後に聞こえた書斎の方からの足音にハッとして、そそくさと自室へと戻ってきたのだが・・・。

・・・果たして、いつ何処で二人は知り合ったのだろうか?

静まり返った部屋の中、どうにもその疑問だけが浮かんで消えていかない俺の頭。
何故、どうしてアイツと兄貴が・・・!?

『ヤケに突っ込んで聞いてくるんだな?』

思いだした一言にムッと胸の中に煙が立ち込め、俺はデスクチェアにドサリと激しく身を凭れかける。
別にどうって事は無い。
ただ単にこの眼で見た光景が信じられなくて、それで気になってしまっただけの事だ!
そう、何てことない唯それだけなのだ。
なのに・・・!?

『もしかして、サスケ?お前、サクラさんの事・・・?』

・・・春野が何だと言うのか!?

兄が自分へと尋ね返してきた言葉を振り払うが如く、俺は部屋の天井、その一点だけをジッと強く睨みつけた!
全く、何を考えているのだか?
馬鹿げた事を聞くなと、兄貴に向かい言えば良かった。
その馴れ初めは気になれど、俺がアイツ・・・春野の事を・・・!?

「アイツ・・・。」

白い天井の中、見知った桜色のシルエットが浮かび上がってきた。
あの碧色の丸く透き通った瞳は、ふとした折に自分を見つめそして柔らかく微笑んでいたのに・・・?
『おはよう、サスケ君!』『あのね、サスケ君!』そう言ってウザイぐらいに俺に話しかけてきて。
対した返答をしたでもないのに、嬉しそうにその顔を緩めていたアイツ。
これはきっと?
そう、恐らくは自分に気があるのでは!?
そんな風に思っていたのだ・・・が?
あれは自分の思い過ごしだったのだろう。
街中を歩んで行った兄と春野の姿、垣間見た二人は結構お似合いだった。
互いに痩身でスラリとしているし、桃色と漆黒色の髪とのコンビネーションがまた良くて!

『優しくて、でも芯もしっかりしていて、その上スタイルも顔も良い・・・良い娘だよな?』

ガッと椅子から立ち上がると、俺は背後にあったベッドへと身を投げた。
ボスンという音と共に、スプリングが激しく軋み揺れる。
まぁ、確かに春野は良い奴だろう。
見た目は良しとして、肝心なその中身もまたかなりのキレ者だ。
あのうずまきナルトに英語で高得点を取らせれたのだ、これは尊敬に値すると言って良いだろう!?
他にもこうして思い出してみれば、結構記憶に残っている春野の姿。
アイツならば?
そうだ、春野ならば兄貴とも上手くいくだろう。
いや、何しろあの兄貴が選んだ女子なのだから!

・・・だから、一体何なんだと言うのか!?

ぐるぐると巡る思考。
俺は何でこんな事を考えてるんだ!?
そう思いながら、フッと何気にみやったデスクの上。
其処に転がる一本の黒いペンで眼が留まった。
そういえば・・・!

『悪い。預かったまま、ポケットに入れて忘れていた。』

自分が父より贈られた大切な万年筆。
今デスクの上にあるソレが、一時何処へ行ったのか行方知れずになったのだった。
そのペンを見つけわざわざ家まで持ってきてくれたのが、アイツ・・・春野であり、それを受け取ったのは兄貴で。
そうだ、あの時二人は顔を合わせていたのだ。
そして兄貴は春野の事を非常に好印象に捉えていた。

『可愛い娘だったな。肩までの桜色の髪と、凛とした丸い瞳が印象的で。』

あの後何らかの切欠で二人は繋がりを持ち、そして付き合うまでに至ったのかもしれない。

『少なくとも、お前に好意を寄せているんだろう?』

俺が彼女(春野)の事をどう思っているのか?あの時のあの言葉は、それを確認する為のモノだったのか?
今になって思い出してみたその出来事に、胸の中が妙にざわついた。
その訳の分からないモヤモヤ感に気持ちは苛ついて、俺は思わずチッと舌打ちをする。
この腹の中にある煮え切らない想いは一体何なのか!?
パッとデスクの上、其処にある黒いペンから顔を背けると、俺はベットに大きく大の字になり寝転がったのだった。