予備校物語 17

『もう、それぐらいにしておいたらどうなんだ?』

背後から聞こえた声と、それに振り返った私の目に映った人。
それはまるで映画のワンシーンのようだった。
悪事を働く者達の前に現れた、スーパーマン。
まさに正義のヒーローに相応しい、その容姿と口調、そしてその物腰・雰囲気。
思わず『あぁ・・・』と私は目を細め、その人を熱く見つめて。

『勝負はついたのだろう。なら、これ以上は止せ。』
『いきなり横から口を挟んで来るなよ?お前には関係の無い事だろう?』

ナルトを痛めつけていたヒルコ先輩が、その人を見て冷たく言い放った。
その会話を聞き、私は二人が知り合いなのだと感じ悟る。

『地面に這っている者に追い討ちをかけるのはどうかと思うが?』
『うちはイタチ・・・。』
『これ以上やれば、大事になる。』

振り返り見つめるヒルコ先輩の視線は鋭く、見ている私の心臓を凍りつかせる程の迫力があった。
けれど対峙している黒髪の麗人は表情一つ変えず、ただただ穏やかな口調で言葉を返して。

『止めないというのならば、俺が間に入るが・・・?』
『・・・興醒めだな。』

ピリピリとした空気を身体から発しながらも、赤髪の男はスッと身をナルトから離した。
そうして辺りで不覚にも転がっている仲間等に『行くぞ』と声をかけると、先程私を押し入れようとしていた車に乗り込んだ。
ヒルコ先輩の後をバタバタとした足取りで追い、同じく車に乗り込む大学生等。
やがて車は何事も無かったかのように目の前から発進、男達は去っていったのだ。

 

予備校物語 14

 

 

「ちょっとちょっとちょっと、サクラー!?」

長閑な5月の午後。
普段のように何気なく学校の廊下を歩いていた私を呼び止めたのは、粗野なイノの声。
『何よ?』といつもの如く返しながら、振り返ればだった。

「アンタ!アレはどういう事なの!?」
「・・・?」
「私、昨日見たのよ!」
「何を?」
「惚けなさんな!」
「だから、何をよ?」

私の両肩をわしっと強く掴みつつ、まるで睨むが如く視線でもって迫る彼女。
その要点を得ない問いかけ方は、幼い頃からまったくもって変わっていない。
興奮高まった時に見られる彼女の姿に、私は大きく顔をしかめた。
一体全体、何なのか!?

「アンタ本当に諦めたっていうの!?」
「あのね・・・何のことだかさっぱり分からないんだけど?」

全くもって訳の分からない話の道筋。
これは相当興奮している証拠だろう。

「まずは、何なの?何を見たって・・・?」
「だから!昨日の夕方よ!」
「・・・?」
「アンタ、お気に入りの甘味処屋に男と二人で居たでしょう!?」

だがそこで発せられたその言葉に、私はパタリと身体の動きを止めた。
そしてジッとこちらを強く見つめてくる青い瞳に視線を合わせて。

・・・あぁ・・・!イタチさんと一緒の所を見たのね。

私はイノが見たと言う昨日の午後の事を思い出し、『成る程、そういう事か』と納得した。
そして思わず『ふふ』と愉悦の息が漏れ出る。

「ちょっと、何?そのムカつく笑いは・・・!?」
「あら御免なさい?そんな顔してまして?」
「いけしゃあしゃあと・・・本気でど突くわよ?」
「ふふふふっ。」

頬を引き攣らせつつ凄んだ彼女から数センチ程体を引いて、私は両手を胸の前に挙げて『落ち着きなさいよ』と意思表示する。
すると視線は鋭いままながら、イノは再び興奮した口調で話し出す。
そう、昨日の夕刻に私が彼・・・サスケ君のお兄さんであるイタチさんと一緒に甘味処屋に居るところを目撃して・・・。

「だから、あのイケメン男は一体誰なのよ!?」
「そうね・・・ふふふっ。」
「いつ、何処であんな良い男と知り合ったっていうの!?」
「さぁ?いつかしらね?」
「ッ!!いいから答えなさいよ!アンタ、あの人と付き合ってるの!?」

激しく捲くし立てだしたイノに、私はまるでもったいぶるかの様に一旦口を閉じた。
そしてスッと両目を瞑り、昨日の夕刻の事を思い出す。
確かに・・・私は、あの容姿端麗な男性とひと時を共にしていた。
その時の事を頭に思い描けば、やはり思わず笑みが零れ出る。
切欠はどうであれ、良い男と知り合えて仲良くお話が出来るようになったのだから、これはやはり嬉しいとしか言い様がないだろう。
あまり口数は多く無いけれど、でも穏やかに微笑みつつ耳を傾けてくれる人。
優しい笑みを浮かべつつ話を聞いてくれる所は、弟であるサスケ君とは大違い。
やっぱりお兄さんなだけはある、あの寛容さ。

『なんなら、少しだけ・・・俺が形を教えようか?』

・・・もうもうもうっ!しゃーんなろーっ!!

血沸き肉踊った昨日の一コマを思い出せば、内なる私が大きくガッツポーズをした。
本当に、なんて優しく親切なんだろうか!?
困っていた私に解決方法を考え、そして快く手を差し伸べてくれようとは!

「ちょっとサクラ!?聞いてるの!?」
「はいはい、聞いてるわよ?」
「なら答えなさいよ!昨日のあの男は、アンタと一体どういう関係なのよ!?」

しつこくも五月蝿い幼馴染にニヤリと愉悦の笑みを浮かべて、私は彼女より優位に立ったかのように見やった。
そして『そんなに知りたいのならば教えてあげるわ!』と胸の中で思い。

「あの人はね・・・。」
「っ・・・あの人は?」
「・・・ふふふふふっ。」
「ッ!!何なのよ!?早く答えなさいよ!」
「ええ。だから・・・あの人はね。」

思い切り焦らしつつ、私は更に一間を置き彼女をチラリと見つめた。
苛々しつつも知りたくてうずうずしているイノの顔に、沸き起こる笑みを噛み締めて。

「私の、師匠よ。」

見事答えてみせた私の手前、『は?』と間抜けた顔をした幼馴染が居たのだった。

 

ついこの間の事。
ヒルコ先輩と遭遇したあの日・・・。
余りに衝撃的な出来事に、私はしばしボウッとしていたようだ。
気がつけば、男達を追い払ってくれたその男性は、ナルトの元に膝まつき怪我の具合を診てくれていて。

『あっ、あの・・・ありがとうございました!』

慌てて駆け寄りお礼の言葉を述べれば、彼はスッと此方を見やり微かに微笑んだ。
そうしてまたナルトの方へと向き直り、慣れた手つきで身体を指診しだす。

『特に骨には異常は無いみたいだ。右腕の打撲はちょっと酷いようだから、早目に冷やした方が良いな。』
『っ・・・痛!』
『ナルト!?傷む?』
『ん・・・ちょっと。でも、大丈夫だってば・・・よ!』

口の端から血を覗かせつつも気丈にそう言ったナルトの手を取り、私はギュッと唇を強く噛み締めた。
ごめん、本当にごめんなさい。
こんな目に遭わせてしまって、何て詫びたらいいのやら!?

『ともかく、此処から移動した方が良いな。』
『え?』
『人目も気になるし、何より彼の怪我の治療をしなくちゃならない。』
『あ、はい!』

私が頷くのと同時に、彼はナルトの脇の下に腕を通しグイッとその身を持ち上げて。
そして自分に寄りかからせる格好でもって、ゆっくりと歩き出す。

『あの・・・!?』
『この近くに俺の知っている医院があるから。とりあえず其処へ行こう。』
『っ・・・はい。』

そう言った彼の隣をゆっくりと従い歩きつつ、私は心の中で大きく安堵していた。
あの男達を追い払ってくれた事もだが、今こうしてナルトを担ぎ歩いてくれている事。
サスケ君のお兄さんである、イタチさんに心の底から感謝しながら。

 

「この文法は重要だぞ!皆、ちゃんと・・・!」

時刻は間もなく最終授業、その終わり頃である。
つい先程、昼食時にイノが問うてきた内容を思い出し、私はまた密かにほくそ笑む。
全く、イノったら何を言うかと思えば!?
イタチさんが私の彼氏なのか?ですって・・・!
言われた事を嬉しくも思いつつ、その有り得なさに顔が緩む。
初めて出逢った時から確認済みである、あの人の右手薬指に嵌っているシンプルながらお洒落なデザインの指輪。
ちょっと線の細い感じがするその品は、恐らくは彼女と対のリングなのだろうから。

『それ、凄くお洒落な指輪ですね!』
『ん?あぁ・・・。』
『もしかして、彼女とお揃いの物なんですか?』
『・・・。』

昨日の夕刻、お礼を兼ねて共に入った甘味処にて、私はその指輪についてズバリ問い尋ねてみた。
するとイタチさんは何も答えず、ただ微笑みだけを返してきて。
やはり兄弟なのだろう、何処かサスケ君と良く似たその目元に思わずドクンと高鳴った鼓動!

『そう言う君こそ、彼は・・・恋人?』
『え?』

けれどその直後、逆に尋ねられた内容に私は大きく両目を瞠っていた。
『彼』とは・・・その!?

『ナルト君だっけ?』
『え・・・あ、はい。』
『凄いね。ああまでして君を守ろうとするんだ。』
『・・・。』

イタチさんにまで言われるなんて・・・。
思いがけず兄弟二人から言われ指摘されたその事柄。
それに、私はもう苦笑するしかなかった。

『でも・・・真っ直ぐすぎる想いは、逆に重くもあるのかな。』

サラリとそう呟き、イタチさんは窓の外、夕闇に染まり行く空を見上げた。
その一言に胸の中がスーッとしていくのを覚え、私はイタチさんの横顔をじっと見やる。
やはり年上なだけはある。
ほんの数回遭遇しただけなのに、人の心の裏側をよんでしまえるだなんて!
ずっと胸の奥底で感じていた事を言い当てられた気がして、私は感銘を受けたように押し黙った。

『それよりも・・・。』

イタチさんはそこでスッと表情を改めると、私に向き直った。

『アイツ・・・ヒルコとは?』
『え・・・?』
『なんだかヤケに君に興味を持っているようだったが・・・。』
『あぁ。あの人は、その・・・。』

私は躊躇いつつも、だがこの人ならば・・・とヒルコ先輩との出会いとその後について掻い摘んで話をした。
同じ中学の先輩であり、そして理解を超えた行動をしてくる事などなど。
すると『アイツがね・・・』と静かに頷きながら、イタチさんは話を聞いてくれて。

『ヒルコは一旦熱くなると難しい奴だ。柔の有段者、それも師範者レベルでもあるし、気をつけた方が良いな。』
『っ・・・!?』
『同じ道場に通っていたし、手を合わせた事もあるから良く分かる。』

そんな思わぬ情報に、私は驚きつつ胸を青く青く染めた。
今回はナルトが助けに来てくれたから良かったものの?
もしもあのまま、ヒルコ先輩に連れて行かれていたらどうなっていたのだろう!?
想像すれば、心底ゾッとして。

『何か、護身用の物を身に付けるなりした方が良いかもしれないな・・・』
『・・・。』

ナルトの状態を思えば、確かにその通りだった。
再び自分にちょっかいを出してくるやもしれないヒルコ先輩。
ならばその時、自分なりに対処出来た方が良いに決まっているのだ!

『そうですね・・・でも、どうしたら・・・?』
『なんなら、少しだけ・・・俺が形を教えようか?』
『って、え!?』
『一応、俺も師範代だから。基礎的な護身術ぐらいなら簡単に覚えられる筈だ。』

驚くべき申し出をしてきてくれた彼に、私はただただ息を呑む。
イタチさん自ら、護身術の指南をしてくれるだなんて!?
嬉しい!
いや、素敵過ぎる!!
だけど・・・さして親しい仲でもない自分に、そんな事までしてくれようとは!?

『それ、凄く嬉しいです!だけど、ご迷惑じゃ・・・?』
『え?』
『だって、その・・・助けてもらった上に、こんな事まで!?』
『構わないよ。だって、君はサスケの友達だろう?』

ならば、これも何かの縁というヤツさ。
イタチさんはそう言い、私に向かいまた淡く微笑んだのだ。

 
こうして結ばれた(魅力的な)師弟関係。
その翌日である今日、早速第一回目の稽古の予定が入っていた私は、HR終了と同時に鞄を手に教室を出た。
現在時刻16時半。
よいしょともう一つの塾の教材一式が入ったトートバックを持ち直して、やや早足で1Fの下駄箱へと向かう。
待ち合わせの場所は学校最寄駅から2つ目。
丁度サスケ君が頻繁に通っている図書館付近にある駅の改札口前である。
約束の時間まで30分弱。
充分間に合うだろうとは思いつつも、待ち合わせ相手の事を思えば気が焦った。

『明日なら丁度俺も空いてる。その時間帯で良ければ、指南しようか?』
『あ・・・あの!是非お願いします!』
『分かった。じゃあ、中央図書館の傍にある大門駅南口で待ち合わせしよう。』
『はい!』

受験生であるという自分の身も考えて、イタチさんはこちらに都合を合わせてくれた。
5時から塾の始まる7時半まで、この約2時間半の間に無理なく護身術を教えてもらえるのだ。
カッコイイ年上男性に手取り足取り指南される場面を想像すれば、自然とテンションが上がるというモノ!
とはいえ・・・。
駅に滑り込んできた電車に乗り込み座席に座ると、私は上がった息を整えた。
やはり受験生、運動不足なのは明白らしい。
一応スポーツにも自信があった方なのだが、如何せん普通高校へと進学して以来身体が鈍りまくり。
これから護身術を教えてもらうというのに、情けないやら何とやら?

・・・でも!もう誰にも迷惑をかけたくはないから!

またいつ何時、ヒルコ先輩がちょっかいを出してくるか分からないのだ。
その時に、今度こそ自分がちゃんと対応出来るように!
しゃーんなろーっ!気合よ、サクラ!
私はそんな風に意気込む。
数分後、開いたドアから再び外界へと身を出し、私は待ち合わせである駅の南口に辿り着いた。
時間もちょうど約束の5分前。
幸いな事に、相手の姿はまだ見当たらない。
付近に立つ時計台を見上げ、私はフッと考えを巡らせた。
護身術を教えてもらえる道場は、此処からどの辺りなのだろう?
舞い上がる余り相手の申し出をハイハイと受けたまでは良かったが、詳しい内容をしっかり聞きそびれていた。
塾の時間には遅れないようにしなくては・・・とそう思い・・・。

「お待たせしたかな?」
「っ・・・ぁ、こんにちは!」

上下黒色のシンプルな出で立ちで現れたその人・・・イタチさんは、かけていたサングラスを外しながら私にそう声をかけてきた。
何気ない仕草だというのに、パッと彼を振り返り見た私は何故か頬が熱くなる!
優雅と言おうか、艶っぽいと言おうか?
やっぱりこの人は素敵過ぎるのだ!

「余り時間も無いし、行こうか?」
「は、はい!」
「大丈夫、ものの少しで着く場所だよ。」

そう言い、先立ち歩き出したイタチさん。
この時、背後で4つの瞳が自分達の事を見て大きく誤解して居ようとは?
私は露知らず・・・!

「此処は家が保有している道場の一つでね。サスケも幼い頃は此処に通っていたんだよ。」
「サスケ君も!?」
「あぁ。家訓が『文武両道』なだけに、小さい頃から厳しく父から教えられて・・・まぁ今は、たまに身体を解しに来るぐらいだけどね。」

辿り着いた一つの道場。
駅から徒歩で10分程のその場所を見上げ、私は思う。
ここで、あのサスケ君も学んでいた?
自分の知っている彼は、いつも机に向かい問題を解いている姿だけ。
サスケ君が柔道着姿で闘う姿を想像すれば、自然と両目が細まって!

「無駄口はこれぐらいにして、早速始めようか?」
「はい。」

こうして私は、胸弾ませながらイタチさんから護身用の体術、その基本的形だけを学び始めたのだった。